ホームページ『超人類と超古代 新人類と未来』の復刻 7〜10

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光の勢力による地球革命と宇宙人さんのブログより転載

探究心

我々は旧人類の社会には属しておりません。
我々が旧人類の社会に降りたら敗者となる事でしょう。
そして、旧人類が我々の環境に立ったら病人となる事でしょう。
それは環境の違いですから、仕方のない事です。
しかし、どちらが生命として豊かな心を持っているかは明白です。
かと申しましても、我々は旧人類社会では明らかな負け組みになる事でしょう。

しかし、勝ち負けを決めたがる行為は望ましくありません。
そもそも、我々の社会には貴方方の言われる勝ち組負け組みは存在しません。
我々の社会では物心がついたときから、興味の対象や個人の素質を伸ばす教育をしています。
その為、子供は自分の才能や探究心を向上させる事が役目になります。
得意であり興味のある対象の勉強や鍛錬ですから、旧人類より遥かに早く上達します。
脳がほぼ100%活動している理由もありますが、
我々の子供達はストレスも無く早期に才能が開花します。
その為、我々は全てにおいてあらゆる分野のエリートとして活躍しています。
旧人類の人々も1人1人に必ず1つは得意な事や、興味のある事があるはずです。
我々の社会ではそれを最大限まで伸ばす教育をしている為、落ちこぼれは存在しません。

日本人

超人類は、貴方方と同じモンゴロイドとしての遺伝的特徴が多く、
その中でも日本人は超人類に最も近い遺伝的特徴を持っています。

そしてモンゴロイド以外では大分アラブ化していますが、
スファラディーユダヤ人(祖先より中東近辺に住むユダヤ人)が一番近い特徴を残しています。
しかし現代のイスラエルの大半のユダや人支配者は、
ユダヤ教に改宗しただけのスラブ系白人(アシュケナジーユダヤ人)で実際のユダヤ人ではありません。
アメリカ政府は、そのスラブ系白人を利用しています。
スラブ系ユダヤ人資本を利用するアメリカ政府は我々にとっての脅威です。

そして、我々もアメリカ政府にとって脅威でしょう。
人類の先祖で平等な平和的思想を持ち、
そしてモンゴロイドに近い超人類の存在は
アングロサクソンを継承するアメリカ政府には許せないようです。

そしてユダヤ人の真実のルーツも、スラブ系ユダヤ人には厄介なのでしょう。
アメリカ政府は今後も、世界の火種を作り上げ自国の利益を生んで行きます。
この事実が分かってからでは手遅れなのです。

先の見えない不安な時代ではありますが、
我々の発言に日本人の役割を少しでも感じ取って下さい。
日本人ではなくても真実の彼らを理解し、彼らを見守って下さい。
彼らの遺伝子がそれらを全て物語っています。
しかし今現在の彼らは方向を見失い、自虐精神と他人への不信不満が蔓延しつつあります。
彼らの本質が、誤った方向で活動しているのです。
一般的日本人は現在、内側に悪い気を溜め込みます。
同じ境遇でも、外側に悪い気を放つ民族とも明らかに異なります。
楽観的な民族も多く、そういった民族は悪い気を作る事も有りません。
日本民族の代表的な役割は、
世界への平等思想と平和社会建設の役割があります。
個人や人類全体にも役割が有る様に、民族にもそれぞれ役割があります。
これは差別ではなく適性なのです。

日本人の起源

日本人は何処から来たのでしょうか?
日本人は単一民族ではありません。 様々な民族の混血です。
民族の混血は何処の国でも存在しますが、
日本人は更に広い範囲での混血が進んだ民族でしょう。

隣国の朝鮮民族にしても民族間の混血により生まれましたが、
朝鮮民族の混血範囲は日本人よりも狭く、
殆どが北方モンゴロイド間での混血で成り立っています。

では具体的に日本人の起源を遡ってみましょう。
最初に日本列島に渡ってきた人々はアイヌ琉球人に代表される原日本人です。
モンゴロイドとの名称は欺瞞に満ちていますので、
ここでは原日本人と表現しましょう。
現在はアイヌ人と琉球人しか知られていませんが、
本来は数部族存在し各々が独自の言語を使用していました。

アイヌ人と琉球人以外の原日本人は後からやってきた日本人と同化し、
現在は各地の伝統や方言に僅かに残るのみとなっています。

次に朝鮮半島を経由して、西方から落ち延びてきた超人類移民団の末裔の集団が
旧人類に追われるようにやってきました。(超人類再移住派末裔の発祥は古代文明を参照)
彼らは最終的に極東の最果ての地で安住の土地を発見したのです。

また、当時の朝鮮半島には先住民族の北方モンゴロイド系住民が僅かしか居住していませんでした。
そして、日本列島の原日本人は旧人類の中でも性質は温厚であり、
彼らもまた旧人類社会に馴染めず
東へと逃れた意味では超人類再移住派の末裔と同じでした。

超人類再移住派の末裔の集団は南朝鮮任那と北九州に王国Amhta国を築きました。
この名称は時代と共に転化していますが超人類の言語の”Amh”
即ち”生命の中心”の意味を持っており、阿弥陀と同じ語源でもあります。

そうです、このAmhta国が邪馬台国や大和と称されているのです。
Amhta国の勢力は南朝鮮と北九州及び中国地方までに及びました。
その間にも各民族の大移動は進み、超人類再移住派末裔の集団の後に
朝鮮民族朝鮮半島に大挙して居住するようになりました。

更にその後を追うようにツングース系民族も南下してきました。
こうして、百済新羅高句麗等の国家も生まれました。

朝鮮民族と原住の北方モンゴロイド系民族と日本民族の複合民族国家であった百済
当初はツングース系民族の国家である高句麗の属国でしたが、
Amhta国の勢力が強まるにつれAmhta国に靡くようになり、最終的にはAmhta国に吸収されます。

その後、朝鮮民族の国家である新羅及び
原日本人の国家が乱立していた南九州の諸国もAmhta国の保護国となりました。

Amhta国は積極的な各国王族への政略結婚を繰り返し
Amhta国の文化と言語は百済及び南九州全域にも広まりました。
これが日本語の発端です。

その後、Amhta国の勢力は東北を除く日本各地に及ぶまでになりました。
しかし、隆盛もそこまででした。
王位継承問題で王都北九州で騒乱が起こり、中央の勢力が弱まりはじめたのです。
遂に、王族は北九州と出雲に分かれ長い反目が続くようになります。

それに乗じたように、朝鮮半島で分離独立紛争が生じるようになりました。
これには、大陸での混乱も原因として上げられる事でしょう。
その後、王都の騒乱は和解により落ち着きましたが
王都は忌諱された土地とされ、奈良の山奥に移りました。

新羅はその間に混乱に乗じた結果、Amhta国から離れていき、遂には縁を切り唐に恭順しました。
対照的に、当時既にAmhta国との強い絆で結ばれていた百済新羅の属国勧告にも応じませんでした。

それにより唐・新羅連合軍とAmhta国・百済連合軍の戦が始まり、
百済は最初に滅ぼされる運命を辿りました。
その後、Amhta国の一部であった任那が唐・新羅連合軍に平定されるのは時間の問題でした。
Amhta国王都からも朝鮮半島に大軍を送りますが惨敗を帰します。

それが天下分け目の白村江の戦いです。
この決定的な惨敗によりAmhta国の勢力は朝鮮半島から完全に消え去り、
百済任那の多くの人々は日本列島に落ち延び、
日本語を話す人々も朝鮮半島から居なくなりました。

確かに、滅亡した高句麗や存命した新羅にも多くのAmhta国出身者、
即ち日本語を話す人々が王族及び側近内に存在しましたが、
新羅高句麗も滅ぼし次第に土俗の言語や唐の影響を受けるにつれ
最終的には日本語も日本人の存在も時代と共に忘れ去られていきました。

この一連の時代の流れの間にも極少数の南方系や北方系のモンゴロイド
日本列島にやって来ていた事も付け加えておく必要があるでしょう。

また、ユダヤ十支族の末裔が日本列島にやって来ていますが、
これは以上の流れからすれば非常に少数の集団にしか過ぎませんが、
政治に関与し歴史に影響を残した点では大きな意味があるでしょう。
(ユダヤ十支族の末裔については古代大戦を参照)
http://www.medianetjapan.com/2/20/lifestyle/mitwirkende/neuemensch/kotoba/filename.html#taisen (URL無効)

日本人のミトコンドリアDNA解読は如何なものでしょうか?
遺伝子を中国人や朝鮮人と大別して日本人に
どれだけ中国人や朝鮮人の遺伝的特徴が入っているかと論じる行為は科学的とは言えません。
それ程、繋がりを感じたいのでしょうか?

それとも中国が中心で文化や民族は中国から広まったとの説を断定付けたいのでしょうか?
歴史家が過去に学んだ説を認めたい気持ちは分かります。
若かりし頃の洗脳は中々溶く事が難しいものですから。
しかし、そこに強引さはありませんか?

中国も日本と同じく広範囲での他民族国家です。
朝鮮も北方モンゴロイド内と遺伝的範囲は狭いのですが、
多くの民族の血が入っています。

我々の遺伝子解読では大勢の
朝鮮人の遺伝子が日本人に入る割合は11%、
中国人の中の漢民族の遺伝子の割合は16%、
原日本人の遺伝子の割合は28%、
超人類の遺伝子の割合は26%、
南方系モンゴロイドの割合は8%、
北方モンゴロイド系が11%となっております。

ミトコンドリア遺伝子の僅かな違いを喧伝する行為には加担出来ませんが、
違った見方を持つようにする事は必要でしょう。
旧人類及び超人類との遺伝的差異も僅かなのですから。
ただし、真実を語る事と曲解で自尊心を保させる事とは違うのです。

さて、文化は本当に一方的な流れだったのでしょうか?
古代日本の大陸への影響力や秀吉の朝鮮出兵
大日本帝国の時代でも文化は西から東へ流れていたのでしょうか?
文明や文化とは長い年月をかけて、お互いが影響しあって成長するものなのです。
一方的な流れを求めて優越感を味わう行為は慎むべきでしょう。

天皇家の起源

天皇家は世界最長の歴史を持つ王族です。
そして、天皇家は日本人の持つ平和的思想によって
残されているといっても過言ではないでしょう。
日本国以外で、政権を譲った王族を温存させた国が他に有ったのでしょうか。
そして、今も昔も多くの日本人から守られているのは何故でしょうか。

これには深い意味があります。
それは、日本人の誇るべき和の心と
天皇家に対する日本人の間に代々受け継がれてきた
強い思いに由来するところが大きいのです。

では、天皇家はどのようにして生まれたのでしょうか。
その起源とは即ち、多くの日本人の根幹を成す超人類再移住派なのです。
天皇家は移民団の代表者だったのです。
代表者がいつしか王族となり、天皇と変化したのです。

無論、今の天皇家は超人類再移住派の血だけではなく、
現日本人や中国人や朝鮮人や北方モンゴロイドや南方モンゴロイドの血も混ざっています。
しかしこれは、大多数の日本人とて同じです。
今のアメリカ人の大半に、
ネイティブアメリカンの血が混ざっている事実と同じと考えて頂ければ良いでしょうか。

ただ、天皇家は例外的に失われたユダヤ十支族のうちの
ガド族とマナセ族の血も色濃く残されています。
故に、超人類の遺伝的特徴は
今も日本人及び天皇家に他の民族よりも色濃く残されているのです。

それは、他の近隣諸国とは明らかに異質な日本人の思想や性質にも現れています。
とは言えども、全ての人類は元を正せば超人類であったのですから、
それによって優劣を決める行為は愚の骨頂でしょう。

それよりもむしろ、日本人は非常に重い使命を持っているとの現実を知るべきでしょう。
しかし多くの日本人はその役割を忘れ、自己中心主義や自暴自棄になっています。

日本人の重要な役割と責任に、日本人が早く気付く事を願います。
我々は中華思想ではない、
日本の平等的な和の思想、平等的共栄共存思想に期待を持っています。

古代日本

古代の日本は、現代日本において未だ多くの謎に包まれています。
悲しい事に日本人は戦後、自ら作り出した神話を完全なる偽書と糾弾し、
古代中国が作り出した魏志倭人伝を史実として崇め奉るようになりました。
しかし我々からすれば、戦前の神話一辺倒の古代史も
戦後の魏志倭人伝一辺倒の古代史も愚かなる了見にしか思えません。

現代日本人は自ら生み出した神話は多くの矛盾で糾弾しますが、
魏志倭人伝に関しては、その多くの矛盾をあらゆる面から正当化しようと努力しています。
あたかも、大陸は文明国であり正確な歴史観を残し、
日本は野蛮国であり不正確な歴史観しか残していないとの事を証明したいが如く。

ここで言いましょう、古事記日本書紀及び魏志倭人伝も信憑性は同じくらいでなのです。
日本の神話が絶対的な捏造でも、中国の古書が絶対的な真実でも在りません。

何故、現在日本人は魏志倭人伝を闇雲に信じるのでしょうか?
我々からすれば、滑稽な信奉心にしか思えません。
そもそも、魏志倭人伝自体の信憑性の無さを何故疑わないのでしょうか?
魏志倭人伝の大本の三国志
本来、晋の勢力を正当化するために作られた報告書に過ぎませんでした。
晋朝の力により編集された手前もあり、多くが事実と異なっているのです。
魏志倭人伝は、晋朝の役人である陳寿によって編集された
三国志東夷伝の一部に過ぎず原本も残っていません。
更に、陳寿が編集するにあたって採り上げた邪馬台国の記述がある
魏略は魏の一般人歴史家である魚豢によって書かれました。

何故、邪馬台国卑弥呼が謎に包まれているのでしょうか。
それは、魚豢が実際に邪馬台国に行っていないからに過ぎません。
魚豢は当時、渡来した倭人とされる人々や、
邪馬台国に行った事のある人々から口頭で情報を収集しただけでした。
故に、その時代には廃れた余りにも古い原日本人の風習が記載されていたり、
矛盾ばかりの邪馬台国までの距離が記載されているのです。
以上の流れに加えて、今に伝えられている邪馬台国に関する記録書は、
歪められ誤記されながら幾度となく写本されているとの事は容易に想像できるでしょうか。
根幹である魏略の原本も残されていない状況においての記述に、如何ほどの信憑性があるのでしょうか。

では、謎の多い卑弥呼は何だったのでしょうか。
これは、天皇家直属のシャーマン集団を具象化したものだったのです。
故に、卑弥呼や壱与に近いモデルが居た事も事実ではあります。

日本人は超人類の性質を多く残しており、超能力を有す人々も多くいました。
現在も残る「巫女」や東北地方の「いたこ」や沖縄の「のろ」も同じ流れを汲んでいます。
また、修験道陰陽道も大陸の影響を受けておりますが根幹は日本人のオリジナルのものです。
天皇家と日本人とシャーマン信仰は、言わば一心同体と言っても過言ではないでしょう。

この様にAmhta国には多くの独特の風習があり、
更にはシャーマンが政治に対して強い影響力を持っていたとの事に対し、
魚豢や当時の多くの中国人はかなりの興味を持っていました。

しかし、このシャーマンと政治の連携も
時代とともに中国の制度が取り入れられたり、渡来人の勢力が拡大していく中で廃れてしまいました。
日本人はそれにより超人類の存在自体も忘れてしまいましたが、
和の心だけは忘れませんでした。
これは、我々にとっての救いでもあります。
今ある危機や役割や道徳を民衆に教えるシャーマンはいませんが、
シャーマンは政治から離れた故に日本人全体に拡散したとも言えるのでしょう。
今ある物質社会の影響を跳ね返し、自らの感覚を研ぎ澄まして下さい。
日本人の、そして貴方の存在理由が自ずと見えてくる事でしょう。

超古代

旧人類は、超古代文明について知る必要があります。
これは、約一万二千年以上前の時代まで栄えた高度巨石精神文明を指します。
正史からは忘れられた文明でしょう。
この文明は、祖星から来た殖民団によって築かれました。

当時、超人類は現代の旧人類よりも悠かに優秀でありました。
また、現在の物質文明とは異なる独自の発展を遂げていました。
現代人類から見ると古代アメリカ文明が近いのでしょうが、
差別も無く殺戮も無く更に高度な精神文明と人間的な環境と巨大巨石建造物が溢れていました。
更に、当時の超人類は現代の旧人類に比べ
脳も殆どが活動しており第六感が発達し、平均寿命も1700歳ありました。
その超人類も、宇宙からの大量の水(氷の彗星)によって引き起こされた
未曾有の大洪水とポールシフト(地軸の移動)により大多数が滅びました。

海岸部に発達した各都市は全て水没壊滅し、
中心都市のあった南極は氷の下敷きとなりました。
その地軸の移動により、温暖な南極は現代の位置になりました。
現代、超古代の遺産は南極の分厚い氷の下敷きなって原型を留めていませんが、
今後何らかの証が見つかる事でしょう。
南極は中心でしたが、それ以外にも地球各地の沿岸沿いに都市がありましたから
海底にも遺跡の一部が残っています。

また、大洪水により超人類が発明した
現在の原子力発電よりも悠かに安全で強力な発電装置であった
氷炎柱石の崩壊が世界各地で起こり、超人類の遺伝子破壊が進み人類は退化しました。
このカタストロフィーにより、人類は文明と自身の全てを失ってしまったのです。

現代の我々はこの動力源を使っておりません。
宇宙に無限にあるプラズマの一種の強力で安全なエネルギーを使っています。
宇宙空間は一般的現代人類が思うような無の世界ではなく、
無限のエネルギー資源に満ち溢れているのです。
現代の旧人類より遥かに優秀な人類でもあり、
高度な精神社会を築き環境に配慮したエネルギー装置を持ってしても
天変地異による崩壊と、それによる環境と遺伝子の破壊は避けられませんでした。

現代の旧人類は、運良く現代まで大きな天変地異もなく発展してきましたが、
仮に超古代と同じ出来事が起きたら環境に対する汚染と破壊は超古代の比ではないでしょう。
以上にお話しした外因以外でも、人為的な破壊と汚染も問題であるとの認識も忘れてはなりません。

極古代

超古代文明さえも現代の旧人類は知らないのですから、
極古代文明においては知る由も無いでしょう。
超古代文明は地球上に築かれた超人類の居留地文明に過ぎません。

極古代文明こそ、文明の原点なのです。
それは祖星で開花発展しました。
最初の原始文明は現在の旧人類と同じく未熟な文明でした。
しかし、旧人類の文明が超人類の関与により僅か数千年で発展しているのとは対照的に
数十万年という非常に緩やかな進歩をしました。
関与の無い進歩故に、旧人類にある四大宗教の様な宗教は存在せず、
原始宗教及び、哲学が発展していました。
原始宗教として例えるべきか否か疑問の余地がありますが、
簡単に申し上げますと万物に感謝し祖先を敬うとの思想です。
無論、現在の超人類社会においては宗教の枠を超えています。

超人類の宗教は科学と哲学と道徳が融合し、宗教としての役割を終えているのです。
故に現在は宗教は存在しません。
末期の祖星は地震も少ない為に巨石建造物が連なり、
市街地の周りには鮮やかな海と深い森が生い茂りそれは壮観な光景でした。

人類は幾度と無く破滅の危機を迎えてきました。
故にマイナス思考ではない危機管理対策の必要性を訴え、
人類の驕り高ぶりを自戒する事は非常に重要なのです。
その意味でも超古代を知ることは重要ですが、
極古代の存在も思い出す必要性があるでしょう。
仕方のない事ですが、超古代の文献は多少残されていても
極古代の文献は現存しておらず、伝承すら殆ど残されていません。
しかしアカシックレコードには、はっきりと残されていますので
旧人類にも何れ拝見出来る時が来る事でしょう。

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