ファーストアセンショナーへの道 仏弟子の方法論その20 言葉と意味の世界を超えて高次界へ

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ファーストアセンショナーへの道 仏弟子の方法論その20 言葉と意味の世界を超えて高次界へ

イシュター・アンタレス著「意識の量子飛躍11:11アンタリオン転換」によると、イベント後にまずアセンションのファーストウェーブが起きるとされます。このアセンションのファーストウェーブを起こすにはアセンションへの準備が整っている1,000〜2,000人のボランティアが必要とされます。

当然、自らの内に大量のネガティブエネルギーを抱えている状況では波動が重過ぎ、ファーストアセンションは困難です。自らの内のネガティブエネルギーを一掃し、光の存在としての準備が整っている必要があります。

ブッダは自らの内のネガティブエネルギー(煩悩)を一掃して悟りを得た存在(アセンデッドマスター)に至る方法を見出し、アセンデッドマスターとなりました。そして、悟りに至る道を体系化してその方法論を仏弟子たちに伝えました。

本連載では、ファーストアセンショナーを目指すみなさんに、ミャンマーの仏弟子ウ・ジョーティカ氏が記述した悟りに至る方法を紹介し、皆さんの内のネガティブエネルギーを一掃するお手伝いをしたいと思います。

第二十回のテーマは言葉と意味の世界を超えて高次界へです。以下に、ウ・ジョーティカ氏の文章を引用します。

音は現実ですが、言葉と意味は、私たちが作り出したものです。
それはとても有用なものです。私はそれが無用だと言いたいのではありません。
しかし、通常の現実を超えた現実への、より深い理解を育みたいならば、
私たちは言葉と意味を乗り越えて進む必要があります。

ミャンマーの幾つかの寺院では、これをやります。誰かがあるサマーディーを育てると、先生は「人々が喋っているところの近くに行って座り、瞑想しなさい」と言うのです。先生は、生徒をわざと騒々しい場所におく。例えばあなたは台所に行って座り、人々が喋っているのを聞いたりするわけです。そこでもしあなたが本当にマインドフルになっていれば、あなたは音を聞くことはできるけれども、意味を理解はしないでしょう。お喋りがあなたの邪魔になることはもはやない。それによって、あなたの心のいかなる観念も、作りだされはしないからです。ただ音が過ぎ去って行く・・・、過ぎ去って行く・・・。
(ウ・ジョーティカ著、魚川祐司訳「自由への旅「マインドフル瞑想」実践講義」新潮社の112~113より抜粋して引用)

カクテルパーティーエフェクトというのをご存じでしょうか?カクテルパーティーにはいろいろな人が出席しています。みなさんおしゃべりしています。ここにある人が参加しているとしましょう。その人は自分が気になっている人の会話の音を言葉として優先的にピックアップしてしまうのです。自分の好きな人がどんな風に自分に好意的な発言をしてくれているか?自分の嫌いな人が今日はどんな自分の悪口を言っているか?という具合に。そして、その他大勢の、自分にとってはどうでもいい人たちの会話はただ音として聞き逃すだけです。それは言葉としては聞こえてきません。

人間には自我というものがあって、その自我には強い執着があるのです。その執着に対して益となる他人の言葉を人間は探そうとするものなのです。そして、その執着への脅威となる他人の言葉も気になってしまうのです。このように音の言葉への解釈は「自我の執着」に立脚して生じてくるのです。解釈は過去の経験から学んだものであり、言葉に囚われて認識を解釈している限り、あなたは過去の自分から卒業することはできないのです。永遠に同じことを繰り返すつまらない人生を歩むことなのです。今世においても、進歩のない輪廻転生を繰り返すことになるのです。

この無限ループを破ってアセンションするには言葉と意味の世界を超えなければなりません。ウ・ジョーティカさんはこの無限ループ脱却のヒントをつかむために、誰も知り合いのいない雑踏などうるさいところであえて瞑想をしてみなさいと言っているのです。

そこには誰も知り合いがいません。だから、そこの人々には興味がないんです。好きな人や嫌いな人がいるとついついその人の発する言葉の意味の解釈に走ってしまうので、知り合いが誰もいないところがよいのです。

効果としては以下の2点があります。

①どんな環境でも瞑想ができる集中力が鍛えられる。
静かなところで瞑想できる人がうるさいところに行くと、瞑想会場ではなく日常生活の場に行くと全く瞑想ができないということはよくあります。これでは、常時心を観察することはできないので、なかなかメンヘラ状態から抜け出せません。四六時中瞑想ができている状態を確立できないとアセンションは難しいですから、何とかいつでもどこでも瞑想状態を維持できるようになってください。

②他人の会話の中では、会話を言葉を超えて音として感じる経験をする可能性が高い。
他人の会話を単なる音として認識する経験ができれば、パンニャッティ(世俗諦)とパラマッタ(勝義諦)の違いを直に経験できるきっかけとなります。

みなさん、うるさい雑踏に行って、瞑想してみてください。そういう悪条件のところで瞑想できるようになったら、どこでも瞑想できるようになります。アセンションを経験できる可能性がそれだけ高まります。

いつでも、自分の内側を観察している自分を確立してください。そうすれば、自分の心に怒りや不安などのネガティブな感情が起こっても、種火のうちにたやすく消すことができます。もう、火事で炎上することはありません。強いメンタルを確立することができます。

Victory of the Light!

※パラマッタ(勝義諦)については「その14」を参照ください。

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